「神との対話」の神が語る子育て論

昨夜、天才さんから電話がかかってきました。

 

「おばあちゃんが倒れてるの!!ご主人に手伝って欲しいんだけど!」

 

夫と二人で天才さん宅に急いで向かうと、90歳を過ぎた天才さんのお母さん(通称「生き神様」)がベッドの横に転がっていて動けなくなっていました。天才さんが必死に生き神様の体を支えながら私たちを待っていました。

 

おばあちゃんの丸くて大きな体はなかなか持ち上げることができず、夫がメイン、私がサブとなりヨイショ!と持ち上げ、なんとかベッドに横になってもらうことができました。

 

耳が不自由な生き神様に、天才さんが筆談で「痛い?」と聞くと、首を横にふったので一安心。良かった、良かった。時々、転がって動けなくなるらしい。

 

「では仕事に戻りまーす!」と帰宅しました。

 

いつも車椅子におばあちゃんを乗せて平安神宮のあたり(片道1.3㎞)まで散歩に連れて歩く天才さんを見かけながら、「素晴らしい人だなー」と思っていたので、困ったときはお互い様!できる限り助けに行きたいと思っています。

 

さて、連日ニュースで目にする小学4年生女子の父親による虐待死事件。日に日に事の詳細がわかってくるに連れ、何ともやり切れない思いに駆られてしまいます。

 

夜中に起こされて立たされたり、殴る蹴るの暴行を受けたり、冷水をかけられたり。女の子の死因は不明という事ですが、女の子の魂はこれ以上は無理だと、自ら肉体を離れる事を決めたのでしょう。お母さんも、近所の人も、学校の先生も、行政も、大人は誰一人として助けてはくれませんでした。本当にかわいそうだと思います。

 

こういう事件が起こるたびに、「なぜそれは起こるのか」を考えるのですが、今回の件についても問題の父親についてずっと考えていました。

 

この父親も子供の頃に虐待を受けてきたのか、とことん甘やかされてきたのか、何れにしても親になる精神レベルに達していなかった。それはこの親に限ったことではないと思いますが。

 

今から15年以上前に「神との対話」という本と出会い、自分が探し求めていた答えが書いてある!と感銘を受け三部作を一気に読みました。この本の著者ニール・ドナルド・ウォルシュ氏が、ある日突然自動書記を通じで「神」と対話が始まり、その内容を本にしたものです。

 

 

この本の中で神は子育てに関しても伝えてきているのですが、とても印象的だったので紹介させてください。三部作の内の何ページに書いていたか忘れてしまいましたので、親切に書き起こしていらっしゃる方のサイトから転載させていただきます。

 

 神   今は、間違った人間が子育てをしている。

ニール  「間違った人間」って誰の事です?

 神   両親だ。

ニール  両親が育てるのは、間違っているのですか?

 神   両親が若い時には、そうだ。

     若い親ほど、子供を育てるのに不適切な人間はいない。

     大抵の親は、自分が育ち終わっていなくて答えを探しているのに、子育てを始める。
だから、間違ってしまう。

     あなた方は、生まれてから40年、50年は、まだ子供なのだよ。

ニール  40年も50年も「子供」なのですか?

 神   まさかと思うだろうが、人類のふるまいを見れば、私の言う事が正しいと分かるのではないかな。

     子供をつくるのは、若者だ。そして子供を育てるのは、年長者の役だ。

     あなた方の社会では、子供をつくった者に、子育ての責任を負わせる。

     その結果、子育てが難しくなり、性的なエネルギーまで歪められる。

     進んだ社会では、年長者が子供を育てる。

     だから、若いうちに子供をつくる事が間違っているとはみなされないし、性の抑圧もない。

ニール  そんな社会が地球上にあるんですか?

 神   あるよ。ただし、消えかけているがね。

     あなた方は、彼ら(先住民族などの自然と共に暮らす人々)を「野蛮」だと考え、滅ぼそうとしてきた。

     ところが、野蛮でないつもりのあなた方の社会では、子供は「親の所有物」と考えられ、子供をつくった者が子育てをしなければならない。

     若い時代は、真実を教えるためではなく、真実を探求するためにある。

     若者には、まだ自分自身の真実はない。まだ、模索中だから。

     50歳になる頃に、あなた方は自分自身の真実を発見・経験し、落ち着く。

     最大の真実とは、『固定した真実など無い』という事だ。

     真実は生命のように変化し、成長し、進歩していく。

ニール  ええ。 私も50歳を過ぎて、ようやくその段階に達しました。

 神   あなたは今こそ、子供を育てるといい。 真実を、人生を知っているのは、年長者だ。

     年長者たちに子育てをゆだねなさい。 コミュニティ全体で、子育てをすればいい。

     あなた方は、互いから遠ざかってきた。コミュニティを解体して、大都市を作った。

     大都市にはコミュニティが少ない。だから実質的には、年長者がいない。

     もっと悪い事に、あなた方は年長者を片隅に追いやった。
あなた方の社会は、若者を崇拝し、年長者を追放している。

     社会が個人化し、若者化したために、大勢が感情的にも心理的にも、貧しく枯渇した暮らしをしている。

ニール  この悪循環を断ち切る方法は、あるのでしょうか?

 神   第一に、それが事実だと認めることだ。

     多くの者が、この現実から目をそらしている。

     真実を無視しない者だけが、真実に慰められる。
その時、真実は快いだけではなく、インスピレーションの源になる。

     あなた方は最近になって、コミュニティを再び築くようになった。

     しかも若者たちは、年長者を尊敬するようになってきている。

                         (『神との対話3』から)

転載元

http://naotatsu-muramoto.info/kamitonotaiwa/kyouiku5.html

 

これ、すごく納得してしまったんですよね。だから、そもそも全部間違ってるんですよ。子供が子供を育ててるんだから、まともに人が育つわけがないと。自分の子育てにも全くもって言えてることです。人類はここまでやってきちゃったので、この先の時代へ向けて修復していく事を考える必要があります。

 

どう作り直していけるのか、一人一人が真剣に考えなければならないでしょう。死をもって世の人々に問題を提起した女の子のためにも。

2 件のコメント

  • 初めて投稿いたします。先月セッションを受けさせてもらった者です。
    内容に大変納得致しました。全くその通りで、綺麗な言葉が見つかってストンと落ちた気分です。
    私も悩みながら子育てを続け、この事件で、若い時の自分を思い出し、今以上に未熟で子どもたちに酷いことをしてしまったのではないか、彼女たちは心深く傷ついているのではないかと恐怖を感じます。再び幼子を育てる機会に出逢い、私は改めて自分の中の子育てに向き合ってます。事件で亡くなられた女の子は、苦しみながらもそんな機会を全国に与えてくれました。今一度、人が育つということを大人たちは考えなければなりませんね。 長文失礼しました。

    • コメントありがとうございます。子育ては見直しが必要ですね!人間が生まれて育つという事を軽視し過ぎましたよね。そんな事を話し合う会も開けたらなと思います。瑠璃

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