ファティマと秋田の共通点について

ファティマの奇跡と秋田の奇跡、こうして研究してみると類似点が見られます。

しかし、なぜポルトガルのファティマと日本の秋田なのか?

このような記事を見つけました。

 

この40年以上も前に秋田県で起きた「涙を流すマリア像」の奇跡と100年ほど前に起きたファティマでのマリア出現の奇跡は、いくつかの共通点があり、1つは奇跡を起こす対象に「聖母マリア」が関わっており、もう1つは「3つの預言」が託されていることであり、さらにはファティマで伝えられた祈祷文(ファティマの祈り)と秋田で伝えられた祈祷文が全文まったく同じものであったことです。


「主イエス・キリスト、私たちの罪を許して下さい。
私たちを滅びから救い、すべての人々、ことに御憐れみを最も必要としている人々を天国に導いて下さい。アーメン。」


これに加えて前述したように大勢の人々が目撃している、バチカンが公式に認めているという点も共通していますが、もっと驚くべき共通点が実は隠されており、それはファティマという場所と秋田という場所の位置であります。


正確には「緯度」です。
ファティマの緯度は「39度37分」に対して、秋田市の緯度は「39度43分」となります。
よく「北緯38度ライン」と呼ばれるように、地球上で同じ緯度の地域が聖地であったり、似たような出来事や事件が起こることがありますが、これと同じようにファティマと秋田市は「北緯39度ライン」上に並んであり、それも、その差は僅か6分しかありません。


日本の中でも6分の差は誤差ですが、これが世界の広さにおいてはほぼ同じ位置に横並びになっていることを意味します。


ちなみに「北緯39度ライン」をファティマからさらに西の果てにいくと、ユーラシア大陸の西端ポルトガルの“ナザレ”の町にたどり着きます。


ここには以前にもお伝えしたように、幼子に授乳している母子像があり、これはイエスと妻であるマグダラのマリアと娘サラの姿であります。


そして秋田市の東の先の「北緯39度ライン」には龍人となった「たつこ像」で有名な田沢湖があり、ここでも聖母マリアならぬ女神の存在が関わってきます。
先月のポルトガルの旅でナザレ、ファティマを訪れ、先日に秋田市の涙を流すマリア像、田沢湖も訪れましたが、結論からいえば、この「北緯39度ライン」に降りている女神エネルギーは「セオリツヒメ」であり、そして聖母マリアを通して出現したファティマと秋田市の奇跡は、実際には聖母マリアというよりは、マグダラののマリア、つまりはナザレと呼ばれたイサヤ(イエス)のパートナーの意識であります。

「涙を流すマリア像」は、実は「涙を流すマグダラのマリア(ナザレ)」であり、彼女は最愛のパートナーのイサヤとの別れの悲しみとともに、彼から託された世紀末に起こる「羊皮紙の預言」の内容に嘆き、その危機をマリアを通して現代に預言として伝えたものだったと思われます。

いよいよ21世紀に入り、そして聖書の時代が終わる2015年となった今、最後の審判の最終段階へと入っており、ここで人類の改心と未来への方向性を大きく変えていかなければ、この先は2000年前に預言された通りに厳しい試練が待ち受けることになります。

とはいえ、そうなる前にポルトガルのロカ岬で6月にアトランティスの中心地へ祈りをささげ、先日に山形県の出羽三山でセオリツヒメとニギハヤヒの陰陽統合のお祈りもしてきましたが、ここで出会った「黒いマリア」がいる山形県の鶴岡市や講演もした酒田市は、かの有名な「北緯38度ライン」であり、そしてロカ岬と北緯で10分も違わない同緯度ラインとなります。

これも偶然か必然か、狙っていたわけでもない神仕掛けのシナリオに驚かされるばかりですが、最後に秋田で訪れたセオリツヒメのパートナーである「饒速日(ニギハヤヒ)」ゆかりの地である唐松神社もまた「北緯39度ライン」であり、ここで夏至から始まった伊勢の伊雑宮との対のラインも繋がったはずです

そして、最後の審判の前に再び「皆神山(みなかみやま)」に訪れて1つの仕掛けが完成すると思います。あらゆる意味で鶴と亀が統合され、カゴの中の鳥の復活、イエス・キリストの再臨は近いと思います。
ファティマ第三の預言の成就とともに、バチカンに奪われてしまったベツレヘムの星(八芒星)を返還していただきます。

 

天下泰平ブログ『北緯39度の「マリアライン」と2つの奇跡』より

http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51918182.html

 

(ポルトガルと秋田は北緯39度線上 「天下泰平ブログより」)

 

上記ブログにおいて「黒いマリア」がいる山形県の鶴岡市とありますが、まさかの私の地元が出てきたので大変驚いておりますが、そういえば、子供の頃から「田舎の城下町に似つかわしくない教会があるなあ」とは思っていました。

そこに黒いマリア像があることも知っていたのですが、一度も見に行った事はありませんでした。

 

 

 

「カトリック鶴岡教会天主堂」は、この地で永らく布教に努めていたフランス人ダリベル神父の全財産と寄付により、明治36年(1903年)に庄内藩家老の屋敷跡のなかに建てられたものです。

聖堂左側の副祭壇に「黒い聖母マリア」像が祀られています。

明治36年(1903年)に献堂記念として、フランス・ノルマンディー州のデリブランド修道院から寄贈されました。

これは、同教会にある「黒い聖母マリア」像の複製として、フランスで作られたものです。日本にある「黒いマリア像」はこの一体のみで、世界的にも貴重なものと言われています。マリア様と胸に抱いている赤子のキリスト様までが黒です。

 

 

ポルトガル・ナザレの町にある「ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会」の黒いマリア像。

 

マグダラのマリアは何を思うのか・・・。

 

 

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