101回の涙

バチカンが奇跡と認めたマリア像の涙

 

1975年1月4日の朝、この聖母像から涙が流れるという出来事がはじまりました。「落涙」はこの日から連日繰り返されたり日数を置いたりしながら、1981年の9月15日(悲しみの聖母の記念日)まで101回続きました。

 

 

マリア像から涙が流れるたびに、シスターたちはそれぞれの作業の手を休めてご像の前に集まり、一緒にロザリオの祈りを一環捧げ、最後に司祭が涙を拭き取るというのが常でした。

 

涙をぬぐった脱脂綿は後に秋田大学と岐阜大学の法医学教室で鑑定を受け「ヒト体液」と判定されました。

 

(マリア像の目から流れた涙を拭き取った脱脂綿の数々)

 

 

木彫りのマリア像の目からヒトの涙が流れたり、てのひらからはヒトの血液が流れるという稀有な現象が秋田の田舎にある修道院で起きていたわけです。そしてそれは科学的にも証明され、決してシスター笹川の涙や血液とは符合するものではないということでした。

 

(マリア像の手のひらの傷から出血した痕)

 

 

また、シスター笹川自身の病気や全聾も聖母からの予告通り完治してしまうという奇跡も起きました。

 

(シスター笹川の難聴が完治していることを証明する診断書)

 

 

「ほとんどの場合は、「涙を流す像」は、カトリック教会から認定されないか、あるいは、デマやニセモノであることが証明されている。

ただし、バチカンが唯一その現象を認めた例も存在する。それは、日本の秋田県にある涙を流す聖母マリア像だ。

この秋田の場合で珍しいのは、他のケースと異なり、テレビを通じて、日本国民の全体が涙を流す聖母マリア像の姿を見ることができたことだ。」

海外ニュースサイトより

 

 

(シスター笹川の手からの出血や、マリア像からの涙を目撃した伊藤司教)

 

 

  

1984年には、調査の結果、当時のカトリック新潟教区長であった伊藤庄治郎司教により、「奇跡としての超自然性を否定できないので、教区信者の巡礼を禁じない」という公式声明が出された。この声明は、一連の現象が詐欺的、病的、異端的、邪教的なものではないと確認されたことを意味する。この伊藤司教の声明は、1988年バチカン教皇庁)の教理聖省長官のラッツィンガー枢機卿(後の教皇ベネディクト16世)によって正式に受理された。

Wikipediaより

 

  

 

伊藤司教のコメント

 

「その土地の司教にはそういう出来事について調べたり認める権利をバチカンは与えています。公式な文書があります。

バチカン側からは日本の秋田は遠すぎて調べることはできません。

結論としてこれらのメッセージや出来事に教理に反する事は見つける事はできないという事です。

そういうこと(奇跡)に対して、秋田の出来事だけではなくてファティマでもルルドでも超自然的な世界、神様の世界があるってことを人々に示しているんじゃないかと思うんです。

人間だけの力では、だんだん傲慢になって、原子爆弾みたいなものを作って、人類を、地球を破壊してしまうんじゃないかと思うんですね。

神様に対する掟を守らなくなってしまうということですね。これが一番恐ろしいことなんです。

神様の規則に従わなければ、結局人間っていうものは本当に破滅の道を進んで行ってしまうでしょう。

 

シスター笹川に天使が教えたファティマの祈り

 

シスター笹川は、聖体礼拝の時、天使から創世記三章十五節を示されました。

 

涙を流した101回という数字には意味があり、一人の女エバによって、罪がこの世に来たように、一人の女マリアによって、救いの恵みがこの世に来たことを表すものだと言われています。

 

1と1の間の0は、永遠にわたって存在する神の存在を表し、最初の1はエバ、最後1は聖母マリアを表すものだと言われています。 

 

また、他にシスター笹川は天使を何度も目撃し、6月29日には天使は彼女にファティマの祈りを教え、ロザリオの各連の後に付けるように、と指導しました。

 

この祈りは、1917年にポルトガルのファティマで3人の少年少女を前に聖母が教えたものだったが、当時は日本ではまだ和訳されておらず、天使が教えたその祈祷文は、後に和訳されて日本に広まるものと一字一句違わぬものでした。

 

 

ファティマの祈り

(文語)

「ああイエズスよ、我らの罪を赦し給え、我らを地獄の火より護り給え。

また、すべての霊魂、ことに主の御憐れみを最も必要とする霊魂を天国に導き給え。アーメン。」

(口語)

「主イエス・キリスト、私たちの罪を許して下さい。

私たちを滅びから救い、すべての人々、ことに御憐れみを最も必要としている人々を天国に導いて下さい。アーメン。」

 

バチカンが調査を行わない理由とは?

 

 

ファティマから秋田へと、この一連の出来事について調べている間に、大変興味ふかい記事を見つけました。

 

「1992年11月26日、私は秋田で行われた国際マリア会議に、他の人々と一緒に招かれました。

ルネ・ローランタン神父とマイケル・オーキャロル神父がおられ、他の司祭方と共に、ヴィダル枢機卿もいらっしゃいました。

伊藤司教には、秋田のメッセージとシスター・アグネス(笹川)について伝えたいことがあり、本当に驚くようなことを言われました。

 

伊藤司教が調査のために秋田のメッセージをローマに持って行かれた時、ラッツィンガー枢機卿とお会いされたそうです。

シスター・アグネスとそのメッセージについて話すと、ラッツィンガー枢機卿は『それを読んで何ができるか考えるので、置いていくように』と言われました。

 

ラッツィンガー枢機卿は通常通り、調査団を送ってよこすだろうと伊藤司教は考えていました。枢機卿はご出現があった場所には常に調査団を送っていたからです。

翌日、司教がラッツィンガー枢機卿のところに行くと、『私たちは調査団は送らない。専門家も必要ない』と言って、司教を驚かせました。

伊藤司教が『どうしてですか?』と聞くと、枢機卿は『なぜなら、秋田のメッセージはファティマの第三の秘密だからだ。だから調査する必要はない』と答えられたのです。これが枢機卿の言われたことです。

 

分かりますね、この話を聞いた時、私たちはもちろん『ええっ!』と言いました。それはファティマの秘密なのです

お分かりの通り、私たちはこれを他の情報源から聞いたわけではありません。『伊藤司教がこう言っていたらしい』というような話であれば、私は信じなかったでしょう。

ですが、私は伊藤司教自身の口からこれを聞いたのです。他の人々と一緒に。

『調査は行われない。必要ない。これはファティマの第三の秘密とほぼ同じ言葉だからだ』」

(敬称略)

 

 

 

(伊藤司教から第3の秘密についての事実を聞いたヴァスーラ・リデン)

 

https://tlig.jp/spirituality/vassulaandakita/

 

 

まだ続くんです。

 

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