バチカンが「奇跡」と認定した秋田の聖母出現と笹川さん

 

70年代の東北で、驚くべき現象が起きていました。そして、それはファティマの奇跡とも繋がっており、日本国内より海外でよく知られている出来事です。

 

秋田の聖母マリア(あきたのせいぼマリア)とは、日本の秋田県にあるカトリックの在俗修道会「聖体奉仕会」で起きたとされる一連の奇跡現象を意味する呼び名。

「秋田の聖母マリア」は、教区司教によって認可された数少ない聖母出現の一つであり、日本より海外での知名度の方が高い。

 

発端は1973年に、同会所属の修道女の手の平に、出血を伴う十字架型の傷が現れたことである(これは聖痕と呼ばれ、世界各地で、ときどき事例報告がある)。

そのほかにも、木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現象、3つのお告げなどの奇跡があったと言われている。

これらの奇跡は1984年まで続いたとされている。その他、韓国の婦人の脳腫瘍の消滅等、出現に伴う病気の快癒現象がいくつか報告されている。

 

1984年には、調査の結果、当時のカトリック新潟教区長であった伊藤庄治郎司教により、「奇跡としての超自然性を否定できないので、教区信者の巡礼を禁じない」という公式声明が出された。

この声明は、一連の現象が詐欺的、病的、異端的、邪教的なものではないと確認されたことを意味する。

 

この伊藤司教の声明は、1988年にバチカン(教皇庁)の教理聖省長官のラッツィンガー枢機卿(後の教皇ベネディクト16世)によって正式に受理された。

 

 

シスター笹川について

 

笹川カツ子さんは、1931年(昭和6年)に生まれ、早産だったため元々体は病弱でした。

 

 

19歳の時、盲腸の手術の失敗から半身不随となり、16年間も寝たきりの闘病生活を余儀なくされました。病院を転々とし、新潟・妙高病院で熱心なカトリック信者の看護婦と出会ったことがきっかけで入信。

 

長崎の修道院に入会しましたが、まもなく病気が再発し、10日間意識不明となり危篤状態に陥りました。その時、ルルドの泉の水を口に含ませたところ、即座に意識が戻り、麻痺した手足も動くようになりました。

 

しかし、1973年(昭和48年)には進行性の難聴にかかり、聴力をすっかり失ってしまいました。

 

笹川さんは、秋田県秋田市にあるキリスト教カトリック修道会「聖体奉仕会」を知り、神に身を捧げながら、神への奉仕ひとすじに生きていくことを決意しました。

 

 

 

聖母からのメッセージ

 

1973年6月12日、当時38歳だったシスター笹川が一人で祭壇にある木彫りの聖母マリア像に向かってお祈りをしていたところ、マリア像から眩い光が発せられ、驚いたシスター笹川はその場でひれ伏してしまいました。

 

 

 

 

その出来事を伊藤司教に話すと、こう伝えられました。

 

「あなたの元に現れた存在はあなたを導く天使でしょう。この事は誰にも話さずに平常通りの生活をしてください。特に、私にだけ起こった特別な事なのだというような傲慢な心を持ってはいけません。あなたのその出来事を聞いて、頭のおかしくなった者の言う事だとは思いませんので心配しないように。」

 

ある日、シスター笹川の左手の手のひらに、まるで定規を当てたように真っ直ぐな線で十字の傷ができていました。その傷は、一日ごとに、赤く晴れ、出血し、その血が止まり、十字の傷だけが残ると言う現象を起こしたのです。

 

一度目のメッセージは1973年7月6日

 

午前3時のことでした。

 

手のひらをガーゼで包み、痛みに耐えるシスター笹川に天使が現れ、その存在に導かれるように祭壇の聖母マリア像の前へと向かいました。

 

天使「あなたの手の傷の痛みよりもマリア様の傷の方が深く、もっと苦しんでいる。」

 

その天使の声は、シスター笹川の聞こえない耳を通して心に響くように伝えられてきました。

 

マリア様の手に傷があると伝えられたので、シスター笹川はそれを見たいと思い、祭壇の方に向かって一歩進んだ時、マリア像から再び光が発せられ、驚いてひれ伏すシスター笹川に向かってマリア像の方から声がしたのです。

 

その声はえも言われぬ美しい声でした。

 

「私の娘よ。私の修練女よ、全てを捨ててよく従ってくれました。耳の不自由は苦しいですか?きっと治りますよ。忍耐してください。最後の試練ですよ。手の傷は痛みますか?人々の償いのために祈ってください。ここの一人一人は私の掛け替えのない娘です。聖体奉仕会の祈りを心して祈っていますか。さあ、一緒に祈りましょう。」

 

その美しい声の方は、シスター笹川と一緒に祈ったのでした。

 

二度目のメッセージは1973年7月28日

 

「御父が怒りを下そうとしておられます。

祈りに対して、忘恩侮辱をしているならば、全人類の上に罰を下そうとしておられます。私は御子とともにそれを和らげようと努めています。

御子の十字架の苦しみ、御血を示して御父を慰める霊魂。その犠牲者となる集まりを捧げてお引き止めしてきました。

祈り、苦行、貧しさ、

勇気ある犠牲的行為は、その御父の怒りを和らげることができます。あなたの会にもそれを私は望んでおります。

貧しさを尊び、貧しさの中にあって人々の忘恩侮辱を償うために改心して祈ってください。

聖体奉仕会の祈りを心して祈り、実践し、贖罪のために捧げてください。

各自の能力、持ち場を大切にして、その全てを持って捧げるように。

在俗であっても祈りが必要です。もはや既に祈ろうとしている霊魂が集められております。

形にこだわらず熱心を持って御主を慰めるために祈ってください。」

 

 

 

 

三度目のメッセージは1973年10月13日

 

「愛する私の娘よ。これから私が話そうとすることをよく聞きなさい。

そしてあなたの長上に告げなさい。

前にも伝えたように、もし人々が悔い改めないなら、御父は人類の上に大いなる罰を下そうとされておられます。

その時、御父は大洪水よりも重い今までにない罰をくださるに違いありません。

火が天から降り、その災いによって人類の多くの人々が死ぬでしょう。

良い人も悪い人と共に、司祭も信者と共に死ぬでしょう。

生き残った人々には、死んだ人を羨むような苦難があるでしょう。

そのとき、私たちに残された武器は、ロザリオと御子の残された印だけです。

毎日、ロザリオの祈りを唱えて下さい。

ロザリオの祈りをもって、司教、司祭のために祈って下さい。

悪魔は教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。

私を敬う司祭は、同僚から軽蔑され、攻撃されるでしょう。

祭壇や教会は荒らされ、教会は妥協する者で一杯になり、悪魔の誘惑によって、多くの司祭、修道者がやめるでしょう。

特に悪魔は、御父に捧げられた霊魂に働きかけております。沢山の霊魂が失われることは、私の悲しみです。

これ以上罪が続くなら、もう罪の許しはないでしょう。

勇気を持ってあなたの長上に告げてください。

あなたの長上は、祈りと贖罪の技に励むことを一人一人に伝えて熱心に祈るよう命じるでしょう。」

 

このメッセージはのちにファティマ第3の預言であることが判明するのです。

 

続きます。

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