私が自殺しない理由(理屈100%)

生前より事態が悪化するだけだから

SPACEやおよろずを運営する幾つかの動機のうち、ごく個人的なものに「自殺者を減らしたい」というのがあります。

これは私が親友を自殺で失っているからに他なりません、とはいえ個人で「いのちの電話」を始めるような度量もなく、死にたい人たちを一人一人励まして回るガラでもありませんので一切していませんが「いのち」については自分なりにたくさん考えたつもりです。

私自身、これまでの人生で死にたくなるようなことは何度かありましたが、何とか生き抜きつつ10年以上いろいろ調べたり考えたりして少なくとも「自分がなぜ自殺をしないのか?」くらいのことはわかってきました。

死んでも意識は無くならないという事実

いま振り返ってみると「あの時はかなり危なかったかも…」という時期が確かにあり、周囲に心配をかけたこともあります。しかし、おかげさまで今こうして生きながらえているわけですが当時、直接誰かに支えてもらったという記憶は全くありませんし通院なども一切していません。

私の場合、生き延びたのは損得勘定のみで考えた結果です。

新旧の宗教の教義でもオカルトでもなく、「人間の意識は死んでもなくならない」というのは科学的に証明されつつある事実です。この辺りの情報については数秘講座でも触れていますし、今後も積極的に掘り下げてリサーチしていきたい分野なのですが、肉体が何らかの理由で使用不能になってしまったことをこの世界で死と定義するなら、死の直前までの状態とほとんど全く同じ状態で死後も意識が存続しうることはごく一般的な量子論で説明できるそうです。

それと反対に、死の後に意識が存続し得ない科学的な理論は存在しません。脳波の有無によって意識のあるなしを定義する人はおられるかもしれませんが、脳波のない状態のドクター(脳の専門)が臨死体験をし、それを記憶している事例も実在しまた、それが虚偽であるという証拠はありません。

論理的にも直感的にも死後の意識の存続を確実視している私にとって、自らの自殺の次の出来事は自分の葬儀に参列する家族の様子を見届けなければならないという、かなりヘビーな状況です。これで全て終わりと思いきや、すぐに次のもっと大きな問題が発生してくるわけです。(なんのために死んだの?)

そしてその時の自分にはその人たちを慰めることができません。だって「そこ」はもう自分とは切り離された世界なわけですから、問題解決能力ゼロです。相談相手はいるのでしょうか?

私は生前と全く同じ風景の中、たった一人で家族の悲しみと対峙しなくてはならなくなります。

多分これって、地獄です。

自ら命を絶ったらそこは地獄でした。ぶっちゃけ生前よりも悲惨。OMG!

と、いうわけです。

故意に肉体を破壊しても問題の解決にはならない

更にその後、どうなるのかについては諸説ありますが一貫性に乏しく謎です。それこそ何の保証もありません。論理的に説明されているのは死後も意識の存続の可能性が十分に、いえ、ほぼ確実にあり得るということだけです。

人間も生き物である以上、自殺でなくてもいつかはこの状態になるのですが、それは自然の成り行きでしかたのないことです。
そうでなく、どんな理由であれその状況を自分で作ってしまったら私は100%後悔する自信があります。
想像しうるあらゆる後悔の中でも「究極の後悔」となるのではないかと…

私が命をかけた結果起きたことは、

〈問題 A 〉が、より深刻で解決不可能な〈問題 B 〉に置き換わっただけ。

なのですから…

ここだけの話、私はさほど人に好意を持たれている方とは思っていないのですが(笑)それでも、もし私が自殺したら妻は多少のショックを受けると思います。どんなに気丈に振る舞っても何らかの形でその生涯に影を落とすでしょうし、こちらも当分(?)はそれをずっと見ていなければならず謝ることも、慰めることも、励ますことも、もう自分にはできないわけです。

自殺間際はどうしようもなく思いつめていたとしても、時間の経過とともに落ち着き(というか、もうどうしようもないので諦めるしかない)最後に残るのは途方も無い喪失感と後悔なわけですね。で、あちらを見れば残された人たちの日常があるわけです。

そこに立っているんですよ、生前と全く何も変わらない意識の自分が。しかも、この先どうなるのかすら解らずにです。

この状況で、私ならこう思うに決まってます。

ところでこの、生前よりも大きな混乱と絶望はいつまで続くの?こんなことなら自殺なんてやめときゃよかった…

これより悲しい状況って、この世ではなかなかないんじゃないですかね。こんな風にエゴ全開で自分の損得だけで考えてみても自殺がこの世でできるもっとも損な選択なんだと思います。

これが私の自殺に対する認識です。

では、悲しむ人がいなければ自殺できるのか?

私の場合、一応妻が悲しんではくれそうなのですが、もしこの世にその妻がいなければもともと生存の理由の危うい私はみるみるうちに自然死するでしょうから、わざわざ自殺する必要がありません。

いや、そりゃ口では何とでもいえますよ〜。
はい。上記はあくまでも予想ですし、やはり「自分が死んでも誰一人ショックを受けない」と考えるのは客観的事実ではなく「無理やりそう思うように」仕向け(られ)ているからですよね?冷静に考えれば、そうでないことはすぐにわかります。

最初に述べましたがこれは「私が自殺を選べない理由」です。
あくまでも私という「損得勘定」を第一に考える、無知で平凡なる一俗人の理念としてお考えください。

またこの投稿は特定、不特定の故人を侮辱したり批判、非難するものではありません。

こういう考え方の人間もいるんだなあ、と聞き流していただければと思います。