それでも通わなければならないのか?

埼玉の中学生が入学直後からいじめにあい、担任に手紙を書いたり不登校になったりしたが事態は変わらず、とうとう首吊り2回、それでも死ねず3回目はマンションから飛び降り自殺を図った。

自殺未遂の後遺症で車椅子生活に。

現在、車椅子で学校に通う男子生徒。

この事件が3度目の自殺未遂でようやく発覚。

そんなニュースに触れました。

色々な事を感じました。

それでも通わないといけなかったのは、「公立中学」だから?

親に聞いてみたいのが、息子が3度も自殺未遂を図っても、車椅子で学校に通わせようと思う理由は?

学校に聞いてみたいのが、それがもしあなた方のお子さんに起きていたとしても、そのスタンスを貫きますか?

本人に聞いてみたいのが、3度死のうとしたけど「生かされている」自分について、その命をどう思う?

そして、学校という世界がなかったらあなたは何をしたい?

そんな事を思いました。

「死ぬくらいなら逃げていい」

と、私は思っています。

現代は全体的にメンタルが弱くなってきているのも事実です。

反面、感度が高くて人が放つ悪想念の影響を敏感に感じ取ってしまう魂の子供たちも増えています。

この子供たちは、「2」の時代のために地球にやって来ています。

つまり競争、地位と名誉の社会システム(これを1の時代とします)ではなくて、調和と助け合いの社会を担う人たちなのです。

私は、この自殺未遂を図った子の数秘が知りたい。

親、教師、いじめた子たちの数秘が知りたい。

数秘が全てではないけれど、少なくとも原因、対策は数秘から知ることができますから。

「教育の場に数秘を」と思うのは、このような事が改善される可能性があるからなのです。

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