しなければならないことは何もない

生保レディーを辞めた後、農業の研究センターでアルバイトを始めました。ここでの仕事はサトウキビやパイン、マンゴー、お米の栽培研究で、農作業がメインでした。

完全に時間内に終了し、土日も休みなので子育てとの両立、そして数秘鑑定の依頼にも対応し易かったところが良かったです。

ですので数秘鑑定の方は細々と続いておりました。

あくまでも、生活のための仕事はバイト、数秘は副業、といったスタンスでした。

しかし、この後大きな転機がやってくるのです。

農業のアルバイトは一年契約でしたので、周りの主婦バイターたちは契約が切れるひと月前から次の仕事を探し始めていました。

私も同様に次の仕事を見つけるべく動いており、二つのバイトが内定していたのです。

しかし私の悪い癖で、そこそこ仕事に慣れてきた頃に飽きがくる、全然楽しくないと思い始めてしまうのです。次の仕事も決まっているというのに、心はモヤモヤしていました。

それを同僚に話すと、

同僚「そんなにモヤっとするってことは、その生き方じゃないって事かもね。一旦手放してみれば?」

と一言。

私「あ、そっか!そういうことだよね!せっかく採用されたのに、どうしても気が乗らなくて。よし、思い切って辞退するわ!」

そうして、私は次のアルバイト先に採用辞退の電話をかけたのでした。

次のアルバイトを辞退すると一気に胸の支えが取れてスッキリし、目の前がパーっと明るく輝き出しました。

今のバイト契約が終わったらもう何もない。二、三日だけ休ませてもらって、また一から仕事を探そう。そんな風に考えていました。

「生活のため」という理由で選択した仕事を何年も続けていく事ほど心身ともに負担がかかることはありません。私自身も「お金を得るため、生活のため」と自分にそう言い聞かせてずっと働いてきましたが、私の場合は決まってこう思うようになります。

「それなりに仕事も覚えたし、仲間とも良好な関係を作っていけているとは思うけど、本当の私は全然楽しいと思えていない。だって、生活するために選んだ世界なんだもの。人間は生活費を稼ぎにこの地球に生まれてきたんだろうか?」

自分も周りの人々も、皆んな生活のための仕事と、本当に自分が喜ぶことを完全に分けて生きている。そしてそれは何処かでその人の真我を苦しめている。

「この世界に、しなければならないことは何もない。したいかどうかだ。」

何かの本で読んだ一節が私の脳裏に焼き付いていました。

そして、もう一節。

「エネルギーは手放すのが先。入るのはその後。」

それを実験するかのような気持ちで、したくない事を思い切って手放して見たのです。

 

 

 

 

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