緑色の子供たち

久しぶりのブログ更新となりました。
毎日、苔ポン作りと数秘術講座で忙しくしております。
先日のこと。
大阪で数秘術講座を終えて、いつもなら次の日も大阪で仕事なので宿泊しちゃうのですが、次男が次の日も学校なので宿泊せずに帰宅して、そこから夫婦で夜中2時まで苔ポンを作り、朝6時には起きて次男を見送り、また大阪で講座。
その2時まで作った苔ポンの売上げが、料金箱からぜーんぶ盗まれるという事件発生。

(娘からのメールでお金が盗まれたことを知る。。。)
そもそも無人販売だし、料金箱に鍵もかけていないし、むしろ今までが奇跡だったのだ、とは思うけど、かなり気落ちした。
信用の崩壊。
でも、めげずに気を取り直してまた頑張って作っています。
そんな中で、いま唯一の楽しみになっていることは、寝る前のひととき。
youtubeで「エハン塾」を視聴すること。
長いことエハン・デラヴィ&愛知ソニア夫妻のファンでして、お二人の本やDVDは色々と拝見させていただいてます。
ここしばらくはエハンさんから遠ざかっておりましたが、最近復活。
この人の研究魂は素晴らしい!と思います☆
奥様のソニアさんの投稿で気になったのを掲載させていただきます(^-^)
「12世紀のイギリスに不思議な子供たちが現れたという話があります。
イギリスのサフォーク州ウールピットの村が作物の収穫期に入った頃、どこからともなく男女の子供が現われました。
ウールピットの村ふたりは肌の色は緑色で、見たこともない素材でできた衣服を身にまとっていました。
ふたりは未知の言語を話し、英語がまったく通じませんでした。
彼らは村人たちに捕らえられました。
そのとき、ふたりは空腹に耐えかねていた様子だったので、村人がパンや他の食べ物をふたりの前に並べたのですが、彼らは一切口にしようとはしませんでした。
それが『食物』であることを把握できていなかったのだそうです。
そこに収穫されたばかりの豆が運ばれてくると、それを見たふたりは欲しがったので、試しに与えてみることにしました。
しかし、ふたりは茎の空洞の中に豆が入っていると考えたらしく、サヤではなく茎を裂き、そこに豆が入っていないことに気がつくと再び泣き出しました。
村人がサヤを剥いて豆を見せてやると、大喜びでそれをむさぼり、それからしばらくは緑の豆以外を口にしようとしなかったそうです。
彼らはサー・リチャード・ド・カルンという騎士の家に連れていかれ、見世物にされてしまいました。
男の子のほうは、発見から間もなくして衰弱死しました。
女の子のほうは、ほかの食べ物にも慣れていき、健康でした。
ほかの食べ物を食べるようになってから、緑色の肌は消えていき、普通の肌色になったということです。
彼女はキリスト教徒として洗礼を受け、少しずつ英語を覚えました。
やがて彼女はノーフォークにあるキングス・リンという村の男と結婚し、余生を送りました。
彼女は子をもうけ、故郷へ戻ることなく、やがて亡くなりました。
英語が話せるようになった彼女に、ウールピットの村にたどり着いた経緯を尋ねてみると、このように語ったということです。
『私は‘聖マルチヌス’という地底の国の人間です。
ある日、家畜の世話をしていたところ、洞窟からとても大きな鐘の音が聞こえてきました。
その音色にうっとりして、鐘の音に導かれるようにして長い間さまよっているうちに、出口が見つかりました。
とたんに強烈な太陽の光と、異常に暖かい空気に衝撃を受け、気を失って地面に倒れたようです。
そこは私の国ではなかったのです。
そこへウールピットの村人がやってきて捕まってしまいました。
私たちが住んでいた聖マルチヌスの国には教会があり、広い川によって光の国から切り離されています。
私の国では太陽が昇らず、日光が存在しません。
この世界でいう日の出前や日没後のような薄日があるだけです。』
以上、愛知ソニアさん「緑色の子供たち」より転載

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